CCNow ジャーナリズムアワードから学ぶこと [海外メディア報道分析1/2]
優れた気候変動報道を表彰する、Covering Climate Now Journalism Awardが開催されました。
Covering Climate Now(CCNow)は、世界50カ国500以上のメディアが参加する、気候変動連携ネットワークです。
第四回となるこのアワードには、世界中から当初の2倍にもなる1250件を超える応募があり、気候変動報道の注目度が上がっていることが伺えます。
CCNowの共同創設者で戦略イニシアチブ担当エグゼクティブ ディレクターのカイル・ポープ氏は「審査員たちは、ストーリーの数だけでなく、その一貫した質にも驚いていました」と語ります。「どのカテゴリーでも、次から次へとストーリーが情熱と注意をもって語られ、現代の最も重要なストーリーを視聴者に伝えていました。」
審査委員会には、朝日新聞を含む世界の117名の著名なジャーナリストが参加し、最優秀賞3名、新進気鋭ジャーナリスト3名の選出のほかに、15のテーマごとに、それぞれに優秀作品3つが選ばれました。
テーマ:
1. 解決策
2. 気候正義
3. 化石燃料
4. 異常気象とその影響
5. 政治、政策、気候変動対策
6. アクティヴィズムとムーブメント
7. ビジネスと経済
8. COP28を含む世界的な交渉
9. 紛争と気候変動
10. 避難と移住
11. 森林、海、そして自然界
12. 健康
13. 食品と農業
14. あらゆる分野に関わる気候変動
15. 大規模プロジェクトとコラボレーション
最優秀賞は「グリスト」編集長のトリスタン・アトーン、国営放送局フランス・テレビジョンの気候編集者オードリー・セルダン、CNNの気候担当記者のレイチェル・ラミレスの3名に贈られ、
キャリアが5年以下のジャーナリストに贈られる新進気鋭ジャーナリスト賞には、ポットキャスト番組「スウェッティ・ペンギン」の創設者兼ホストのイーサン・ブラウン、「キャピタルBニュース」の気候記者アダム・マホニー、フリーランスデータジャーナリストのエマン・ムニールが選ばれました。
最優秀賞を受賞したアトーン氏は、先住民から盗まれた土地に設立された国立大学が、その土地で化石燃料採掘から膨大な利益を得ている一方で、大学が支援すると主張している気候目標や先住民コミュニティにはわずかな資源しか割り当てていないことを、調査を通じて痛烈に暴露しました。
セルダン氏は、国営放送局フランステレビジョンの気候エディターとして従来の天気予報を大きくシフトし、気候変動の文脈で天気を解説するという革新的な天気予報と気候変動の番組をつくり、視聴率の向上にも貢献しました。
CNNの気候チームのレポーターであるラミレス氏は、太平洋諸島首脳間の討論会を進行し、気候変動がジェンダーの不平等をどのように引き起こしているかについて国連事務総長特別顧問にインタビューするなど、女性に与える不均等な影響や気候正義を中心に報道しています。また、太平洋諸島のジャーナリストの支援にも力を入れています。
世界中から集まった受賞作品を読んでいく中で、最初に驚いたことの一つは、とにかく1つ1つの記事が長文で、調査期間も多く使用された、超大作揃いだということです。メディアは独立系から大手まで多岐にわたるため、基盤がそれぞれ違うことは前提としても、それだけ気候変動というトピックが記者室の中でも重要なこととして扱われていることが伺えたのが印象的でした。そして15ものテーマそのものが、気候変動はどのような分野とも深く関わっているということを改めて感じさせてくれます。
テーマごとの優秀作品はどれも情熱を感じ、ときには読むのが苦しくなるほど胸に訴えてくるストーリーが多く、様々な角度から気候変動について改めて学び、自問させられる記事ばかりでした。
その中でも特に印象的だった特徴を、5つに分類して考察しています。
1、ストーリー性が高く、パーソナルで、胸に訴えるストーリー
気候変動の影響が不平等に大きく降りかかる、個人や特定の属性の方たちの経験に焦点を当てている記事が多く、パーソナルに胸に訴える記事が多いと感じました。たとえば、国中に被害を与えたカナダの山火事ですが、中でも先住民コミュニティは特に被害が大きかったことや、サイクロン・フレディがマラウイを襲ったあと、子どもと女性に対する性的人身売買が恐ろしく増加したことや、インドの農村部で2021年に異常気象に関連した経済的損失が主な原因で約11,000人の農民が自殺したことや、ケニア、インド、フィリピンの離島では異常気象が貧困と相まって、女性を家庭内暴力に陥れやすい状況に追い込んでいるということを記事にしていました。その中でも、個人名を出し、顔写真を掲載し、その人の日常と体験とストーリーを追うことで、気候変動がひとびとの暮らしにたった今与えてる影響を、心を痛めながらもしっかり入り込んで読むことができました。
「コミュニティ」や「属性」に降りかかる被害も、その中の「ひとりの人生」を知ることで、更に寄り添って想像ができるようになります。
2、気候変動の構造の解像度が高く、責任の所在がはっきりしている / 気候正義
気候変動の原因は、富裕層、化石燃料業界、植民地主義にあり、その一方で気候変動の被害を受けるのは先住民族や貧困層やマイノリティであるという構造を、はっきりと見せる記事も多かったです。ドイツでプライベートジェットを利用する富裕層と、貧困層の暮らしを比較し、その不平等を露わにした映像作品や、植民地主義と先住民の強制退去が、気候変動の原因となっていることを調査した最優秀作品や、世界の排出量の1%未満の排出量でありながら気候変動によって破壊されているモンゴルの記事、そして最大の解決策の一つである再生可能エネルギーにおいても、その移行は誰の役に立ち、誰に害を及ぼすのか、という記事など、責任の所在がどこにあり、被害者は誰であるのかという構造を明らかに示す記事が多く見られました。
気候変動について考えるときに、自分がどこに立っていて、社会をどのように見るか、そして解決に向かうときですら、誰かの犠牲の上に成り立っていないか、ということを改めて自問させられます。
3、不正やグリーンウオッシュを指摘し、暴露する
長い期間をかけて調査を行い、企業のグリーンウォッシュや不正をあぶり出す記事も多く見られました。気候変動対策を公に支持する世界的なコンサルティング会社のマッキンゼーが、化石燃料会社が石油とガスの生産を何十年も維持できるようにする計画を推進していた経緯を暴露した記事や、ルイジアナ州の740箇所もの化学施設が災害発生時に有毒化学物質が漏れ出す可能性が高いことを明らかにした記事や、ブラジルの極右政治勢力の支援を受けた農業関連企業が、地域にフェイクニュースや偽情報を氾濫させ、いかに気候科学を弱体化させてきたかを包括的に明らかにした記事など、調査によって明らかになった重大な真実を明かす記事も多く見られました。
今後ますます世界が ”グリーン” に移行していかなければならない中で、ウォッシュや意図的なフェイクニュースとどう対峙していくべきなのか、今すでに生活の中にある脅威が、気候変動によってどのように更なる脅威となってしまうのか、新たな問題提起をしてくれます。
4、情報を知らせるだけでなく、問題を提起し、社会に変化を起こすジャーナリズム
気候変動の現状や知識を共有するだけでなく、新たな角度から問題を提起し、読者に考えさせる工夫をしている記事が多くありました。その結果、記事の公開後に実際に社会に変化が起こる、というケースも多く見られました。たとえば、グリーンウォッシュを指摘された資金運用会社が、記事の公開後にファンドから「持続可能」というラベルを外したり、スルタン・アル・ジャベル氏がCOP議長という特権的な地位を利用して石油とガスのロビー活動を行っていたことが明らかにされた後には辞任を求める声が上がったり、コラーゲンのサプライチェーンが森林破壊と人権侵害を促進していたという調査を受けて、ネスレが所有するバイタルプロテインがアマゾンからのコラーゲンの調達を直ちに停止すると決定したり、世界有数のオフセット認証機関である Verra が承認した熱帯雨林の炭素クレジット 94% が、気候変動対策にほとんど役に立たないことが明らかになった調査のあとには、公開後すぐにヴェラの CEO が辞任しました。
企業やオフセット認証機関が「環境に良い」と公表しているとき、多くの場合、私たち市民はそれを信じる以外ありません。こうしてそれが、本当は「環境に全く良くなかった」と調査で明らかになることは大きなショックではありますが、読者に真実を伝え、これからどうしていけば良いのかを私たちに考えさせてくれる、ジャーナリズムの力を感じます。
5、ソリューションと合わせることで、希望を忘れない
重大な事実の暴露や、目を背けたくなるような被害状況、気候変動のニュースは確かに心苦しいものが多いです。それでもソリューションはあって、希望のストーリーも必ずあります。インドのビルジア族やパルハイヤ族が、干ばつに対処するための気候適応基金を政府から打ち切られたあと、コミュニティが適応プロジェクトを引き受けたときには上手くいったという取り組みの紹介をしました。地元の知識と関与がその適応を成功させる鍵となりました。また、気候災害のリスクが非常に高いフィリピンの、教育システムの変革を起こすために必要なことを探った記事は、問題解決に向けて行われたリサーチで、今後他の国でも追求されていくであろうトピックです。革新的な気候変動番組をつくったフランス公共放送局の視聴率上昇の成功は、視聴者が気候変動のニュースを求めていることの証拠です。記事の公表後に社会に良い変化が起きることは、まさにジャーナリズムの力が解決へ導いているということが出来ます。
Media is Hopeでは、気候変動におけるメディア間の連携を促しているため、より大きな規模の調査を可能にし、そして記事の公開後にそれぞれ異なる読者層に多く届けることのできる「大規模プロジェクトとコラボレーション」にも着目したいと思います。
A , 3カ国の連携
まず、すでにご紹介した世界有数のオフセット認証機関Verraのグリーンウォッシュを調査した「カーボンパイレーツ:オフセットが機能しない理由」は、THE GUARDIAN、DIE ZEIT (ドイツ)、SOURCEMATERIAL (英国)の3つのメディアによって共同で制作されました。
ガーディアンは4部作で記事を掲載し、またポッドキャストでも配信しました。DIE ZEST、SOURCEMATERIALでもそれぞれ記事が掲載され、3カ国の多くの読者に届いています。
B , マルチメディア
次に、『「移り変わる季節」コミュニティストーリー展:予測不能な雨がウガンダの牧畜民コミュニティを混乱させる』という記事は、ウガンダの InfoNileとウォーター・ジャーナリスト・プロジェクトによって共同制作されました。
2021年から、InfoNileで働く3人のジャーナリストが、ウガンダ北東部の歴史的に未開発の地域であるカラモジャを旅し、気候の影響がこの地域に残る最後の牧畜民コミュニティにどのような変化をもたらしているかを調査しました。牧畜民に同行したジャーナリストたちは、不規則な降雨と迫りくる干ばつが食糧不安をもたらし、コミュニティの伝統的な牛飼育生活がますます維持不可能になっていることを発見しました。これらの調査結果は、2022年から2023年にかけて、アフリカとヨーロッパの主要メディアでさまざまなメディア形式で発表されました。
その後、InfoNileのチームはそのレポートをカラモジャに持ち帰り、気候変動と牧畜民が直面する課題に対する意識を高めることを目的とした4日間の展示会を開催しました。出席者の中には政府関係者や、レポートで取り上げられた牧畜民のメンバーがいました。
記事はマルチメディアで構成され、フォトエッセイ、ラジオレポート、ドキュメンタリーが公開され、記事公開後は展示会も行われました。
C, 世界16のメディアとプロジェクトの共同調査
「ブルーノとドムのプロジェクト」は、世界中の16のメディアによって共同で調査、記事が作成されました。パートナーには、ブラジルのAbraji、Amazônia Real、Folha de S. Paulo、Globoplay、Repórter Brasil、TV Globo、ペルーのOjo Publico、ヨーロッパのThe Bureau of Investigative Journalism、Expresso、The Guardian、Le Monde、NRC、Paper Trail Media、Der Standard、Tamedia、中東のDaraj、国際的な組織犯罪および汚職報道プロジェクトなどが含まれています。
2022年6月に、Amazonの熱帯雨林で横行している違法産業や組織犯罪の取材をしていたイギリスのジャーナリスト、ドム・フィリップスとブラジル先住民族活動家のブルーノ・ペレイラが死亡したことを受けて、パリを拠点とするネットワーク「フォービドゥン・ストーリーズ」は、世界中の16のメディアの組織を結成し、彼らの活動を継続しました。アマゾンで進行中の違法な漁業、鉱業、牧場経営の背後にある麻薬密売との繋がりを掘り下げ、それらが機構の将来にとって極めて重要であるアマゾンの熱帯雨林の保護を妨げていることを暴露しました。その記事はジャンルを横断し、3ヶ国語で出版された画期的な調査となりました。
パートナーの記事も全て含むプロジェクト全体はこちらで読めます。
最後に、CCNowの共同代表であるマーク・ハーツガード氏と、カイル・ポープ氏がガーディアンに書いた記事をご紹介します。記事は「2024年度Covering Climate Nowジャーナリズム賞の受賞者51名は、確かに自らの役割を果たしています。彼らの例が世界中のジャーナリスト仲間に刺激を与え、同じことをしてくれることを願っています。」という言葉で締めくくられ、このアワードから学べることを2人の視点で書いています。
まだ気候変動に関する情報発信が少ないと言える日本で、情報を伝え、世論を動かし、社会を変える原動力となりうるメディアの力は絶大です。Media is Hopeはこれからも、メディアの連携をサポートし、気候変動を止められる社会をともにつくっていけるよう、皆さまと一緒に活動していきます。
<書き手:ベイカー恵利沙>
Media is Hope 海外メディア担当 兼 PR